
私たちは、忙しく物事に追われながら日々の生活を送っていると、なかなか「ああ、今の自分は幸福だな」と実感することが少ないかもしれません。
あなたが目にするもの、耳にするものは、心に栄養を与えてくれるものになっていますか?
外の世界から止め処なく与えられ、時に押し付けられているかのような情報は、もちろん山のようにあることでしょう。
でも時には自分で、自らの心に触れるものをよくよく選んで、「本当に必要な情報」や「魂が欲している言葉」を探していかなくてはいけないものだと思います。
そういった「自分の魂の調律」ができる場所は、そう多く存在するものではありませんが、私はやっぱり真っ先に神社を思い浮かべます。
日常の中で非現実を感じたり、自分の内面を注意深く観察したり、今持っている当たり前の中の幸福を見つめたり。
そして、生きる上での勇気や活力として「言葉」を必要とする私たちには、神社に出かければ「おみくじ」というツールがあるわけです。
——神社を愛するあまり巫女になり、神道の魅力を皆様にもお伝えしている巫女ライターが、おみくじが教えてくれる生き方についての言葉を、皆様の日々のヒントに役立てていただくシリーズです。
目次
- おみくじの役立て方
- おみくじ日記① 「強いこころ」の育て方
- おみくじ日記② 他に左右されない
- おみくじ日記③ 神様の御心に叶う生き方とは
- おみくじ日記④ 行動し経験してこそ分かること
- おみくじ日記⑤ 幸福の正体
- 幸福を見失わない方法
おみくじの役立て方
私たちの心は、良くも悪くも「揺らぎやすい」もの。
誰もが「幸福」な毎日を目指して生きているのですが、ちょっとした出来事や外の世界からの影響で、心は簡単に浮き立ったり沈んだりを繰り返していることでしょう。
心の状態は、どんな人格者であっても、なかなか自分自身ですべてをコントロールすることが難しいはず。
ですが、何かがきっかけで揺らいだ心を、また別のきっかけを使って穏やかにすることは可能です。
そこで、あなたも一度、神社でおみくじを引いてみるのはいかがでしょうか?
出会う言葉がこわばった心をやさしく緩め、新たな気づきをもたらしてくれるかもしれません。
必要な人の心に届くことを願って、今回も私が引いたおみくじの中から、5つの素敵な言霊をご紹介していきたいと思います。
おみくじ日記① 「強いこころ」の育て方
心の強い人、というのをイメージすると、なんとなく「自分を曲げない人」とか「周りに影響されない人」といったことを思い浮かべるかもしれません。
でも実は、自分の心を強く補強するために「絶対に自分が正しい!」と頑なになってしまうことは、時に他人との軋轢を生んでしまい、間違った道を正すことができない頑固さにも繋がりかねない危険もはらんでいます。
そこで、私たちが目指すべき本当の「心の強さ」というのは、自分の心の中に揺るがない「神様」という別の視点を持ち、いつでもその「神様」を頼りに自分の歩む道や言動を冷静に考え、選んでゆけることなのではないでしょうか。
日本の神道は「八百万(やおよろず=数え切れないほど)の神様」を信仰する文化ですから、もちろん人によって、どの神様を自分の心の中に置いても構わないわけです。
おみくじの言う「強いこころ」とは、水や火に例えられたさまざまな苦難にも揺るがないために、心の中で強く「神様を信頼する力」の存在を教えてくれているのでしょう。
皆様の心の中には、日々の安心や幸福に繋がる、「神様」がいらっしゃいますか?
おみくじ日記② 他に左右されない
お金や才能や名声を持っている人のもとには、良くも悪くも人が集まるものです。
しかし、中でもその人自身の魅力ではなく「持ちもの」を目当てに集まる人は、その恩恵にあずかることができないと分かるや否や、たちまち去ってゆくことでしょう。
これまで多くの人に囲まれ、近くにいてくれた人が去っていこうとするとき、人はどうしても引き留めて縋りたくなったり、相手を恨んだりしたくなるものかもしれません。
でも、人が離れてゆくこと、縁が切れることにも、必ず理由があります。
自分の運不運に、たとえ周りの人がどんな反応をしたとしても――。そこに、一喜一憂することはないのです。
本当に大切なのは、おみくじが教えてくれるように深い愛情と思いやりである「慈愛」と、どんなときも驕り偉ぶることなく「謙遜」を心の中に持ち続けること、なのですね。
おみくじ日記③ 神様の御心に叶う生き方とは
私が神道の価値観でとても身近に感じていることは、人間は必ずしも完璧な存在ではなく、誰もが日々の暮らしの中で「心に暗い霧が立ちこめることはある」と言ってくれていることです。
たとえば、神社では6月末に「夏越の大祓」、12月末に「年越しの大祓」という神事を行います。これは半年ごとに、私たちの心身に降り積もった穢れを、神様の御力で祓い清めていただく意味があります。
それに、神社で参拝前に手水舎で行う「手水」も、己の心身を清める禊(みそぎ)のひとつ。
つまり――生きている限りどうしても、心身は少しずつ汚れていってしまうけれど、それを折に触れて綺麗にすることを繰り返しながら、人は清く正しく生きていくことができるというわけです。
「朝夕に神拝する」というのは、自宅からも神棚を通じて神様に祈りを捧げることを日課にするという意味でしょう。
せっかく与えられ、生かされている命を生きているのですから、日々の出来事に心が汚されてしまうことがあっても、何度だって綺麗に磨き直したいものですね。
おみくじ日記④ 行動し経験してこそ分かること
私たちは、自分が転んでみてはじめてその痛みを知り、努力してみてはじめて挫折や達成感という「本物」に触れることができるもの。
逆に、もしすべてを経験する前から知っていて、いつでも正しい道を選び続けられるとしたら――それは、人生における「学び」が皆無になってしまいます。
つまり、自分自身が行動し、実際に体感・経験することにこそ「意味」は宿るのではないでしょうか。
神様の恩恵をありがたいものだと頭で思っていても、拝むことや祈ることの行動が伴っていなければ、それは本当の信仰と言えるでしょうか?
神様の「お陰さま」に気がつくために必要なこと――真心こめて「拝むこと」「祈ること」の大切さを、改めて説いてくれている言葉でした。
おみくじ日記⑤ 幸福の正体
神社で神様を前にすると、私たちはどうしても「お願いごと」ばかりしたくなってしまうものかもしれません。
でも、私たちの「あれが欲しい」とか「こうなってほしい」といった願いごとは、どこまでいっても尽きることがないものです。
まして、「大きな幸せ」ばかりを追い求めていれば、たしかに「小さな幸せ」に気づくことは、なかなか難しくなってしまうのではないでしょうか。
それならば、最初からできるだけ「小さな幸せ」に気がつける自分でいる方が、よほど毎日を明るく楽しく過ごせる気がします。
そしてその「小さな幸せ」を積み重ね、拾い集めたたくさんの「有り難いこと」に囲まれながら生きていくことは、きっと人生の終わりに振り返れば、なによりも「大きな幸せ」になっていることでしょう。
幸福を見失わない方法
今回のおみくじに共通するテーマは「幸福」であったと思いますが、皆様の今の心は、どれくらい手の中にある「幸福」に気が付けているでしょうか?
神社参拝は、その「小さな幸せ」に気がつく心を養うための、大切な習慣を学ぶ場でもあるのかもしれません。
心が掬い上げることのできる「幸せの網の目」を、できるだけ細かくしていけるように、私もたくさん神様と向き合う機会を持ちたいと思います。
あなたも大好きな神社に足を運び、自分の「幸福」について考えてみませんか?
今回のおみくじが伝えてくれる言葉の中で、感じるものや響くことがあれば、それはあなたの心に向けたメッセージにもなっているはず。
大切に受け取っていただけたら、とてもうれしく思います。

平日はフリーライター、休日に巫女としてご奉仕。
神社・神道・生き方・心理学・自己分析・心について記事を執筆。
すべての人が前向きに、自分らしく生きるために大切なことを伝えている。
巫女ライターとしては、「書くこと」を通じて神様へのご奉仕を形にすべく、神道・神社・神様の心の本質を伝えることを使命とする。
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