私たちのあずかり知らぬ目に見えない世界で、神様によって結ばれたり解かれたりを繰り返している「ご縁」の不思議。
それは、自らの人生にとって大変ありがたく望ましいものであったり、時には頭や心を悩ませる種になったりもします。

 

したがって、私たちの祈りには「良いご縁が結ばれますように」という“縁結び”の願いもあれば、「悪いご縁が断ち切れますように」という“縁切り”の願いも生まれることがあるもの。

今回は、そんな切なる祈りの中でも“縁切り”に着目して、あなたの心を汚さぬまま「悪縁」を断ち切り、身近に「良縁」だけを残してゆくための方法を考えてみませんか?

 

——神社を愛するあまり巫女になり、神道の魅力を皆様にもお伝えしている巫女ライターが、心身を滅ぼすことのない悪縁の断ち切り方についてお話ししていきたいと思います。

 

目次

  • この世が「玉石混交」である理由
  • ご縁には良くも悪くも「意味」がある
  • 恨みは「念」になり自分をも汚してしまう
  • 悪縁を断つには自分の魂と直感力を磨くべし

 

この世が「玉石混交」である理由

 

 

人生を生きていると、まったく望んでもいないのに、一緒にいるだけでこちらの心身を蝕んでゆくような人との出会いがあることも少なくありません。
あなたも一度は、「どうしてこんな人と身近になってしまったのだろう」「困った縁が結ばれてしまったな……」などと頭を抱えたことがあるのではないでしょうか?

 

この世に存在するのは必ずしも「良識のある人」「やさしく愛情あふれる人」だけではないということも、よくよく考えてみれば分かりきったことですよね。
まさに、玉石混交(ぎょくせきこんこう)――良いものと悪いもの、優れたものと劣ったものが入り混じっている世界と言えるわけです。

 

時には「災厄」のひとつであるかのように理不尽な出来事が降りかかったとき、誰しもついつい「神様、どうして私ばかりこんな目に?」と恨み言を言いたくなるかもしれません。

でも、そんな時ほど、この「真実」も思い出していただきたいのです。
私たちの心や魂が本当の意味で大きな成長を遂げるのは、自分にとって都合のよいことが起き続け、都合のよい人だけが周りにいる瞬間ではない……ということ。

 

実は転んで痛い想いをして立ち上がるときや、苦しみを乗り越えて困難に立ち向かったときの方が、心に傷を負いながらも魂は成長を遂げるチャンスであるとも言えるのです。

 

ご縁には良くも悪くも「意味」がある

 

 

人生の「禍福は糾える縄の如し」とも言いますが、良いことだけが続くことは誰の人生にもありませんし、逆に言えば悪いことだけが永遠に続くことも、本当はありません。(精神状態によっては、そんな風に思い込んでしまうことはあるかもしれませんが……)

 

そして神様は私たちに、この世におけるさまざまな「ご縁」を通じて、魂を磨き精神性を高めてほしいと願っているのではないでしょうか。

 

つまり、「良いご縁」からは生きてゆく希望や励ましを受け取り、「悪いご縁」からはある意味で自らの学びや成長のきっかけを受け取ること……。
それが、神様が授けてくださる一つひとつの「ご縁」を、最大限自分のために活かしてゆく術だとも言えるわけです。

 

恨みは「念」になり自分をも汚してしまう

 

そうは言っても、あまりにも長い間「悪いご縁」とばかり結びついていれば、せっかく素直で綺麗だった心も乱され汚されてしまうことがありますよね。
誰かを心から嫌い、人を恨む気持ちは、ある意味で「執着」にも似た「良くない念」に姿を変えてしまいます。

 

この「良くない念」の厄介なところは、相手との関係に対する悪影響や衝突はもちろん、マイナスな想いに自らを縛りつけ自分自身の魂や心をも汚してしまうこと。

「念」という想いの部分だけでなく、嫌いな人の悪口や不平不満ばかりを口にしていれば、その「言霊」も必ず自分の魂に曇りを生んでしまいます。

 

そんな状況に陥ってしまったら、無理をして自分自身を汚し続けるのではなく、その悪縁から何らかの「学び」を受け取り潔く離れる選択をする――つまり「縁切り」をするべきタイミングなのかもしれません。

 

 

「縁切り」というのは、単純に「嫌な人や物事から離れること」だと思っている方が多いのですが、自分自身の中に存在する負の感情から心を解放してあげることでもあると覚えておいてください。

 

誰かを嫌ったりする想いがいつしか心に居座って、悪縁の中で自らの魂を穢していないかどうか……常に自分の心を見つめていくことも、とても大切なことですからね。
そのために神社に足を運び、神様と向き合ってみるのも素晴らしいことだと思いますよ。

 

悪縁を断つには自分の魂と直感力を磨くべし

 

 

皆さんは「波長の法則」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
より一般的なことわざに言い換えるとするならば、「類は友を呼ぶ」というのが少し近いかもしれません。

 

つまり、自分の魂が良い波長であれば、その周囲に集まってくるのは同じように良い魂を持った素敵な人ばかりになり、逆に自分が悪い魂の波長を持っていれば、周りにも不思議と困った人が集まりやすいものですよ、という意味です。

 

そして、避けられない出会いや偶然の中でも、「縁を深めるか否か」は自分の心で決めることができるもの。
損得勘定は抜きにして人を見つめたとき、相手の魂に魅力を感じるかどうかをしっかりと感じ取る直観力も、あなたの人生を「良縁」で溢れさせるポイントのひとつです。

 

 

そもそも「悪縁」と結びつかないように生きるためには、自分自身の魂を磨いて精神性を高めることと同時に、「良縁」を見極めそのご縁を育む努力や思いやりを忘れないことが重要なのです。

 

あなたの心にも「縁切り」という言葉が浮かぶ瞬間があったなら、ぜひこのお話を思い出して、心を汚さずに上手く「悪縁」を断ち切り、本物の「良縁」を育てていけるようにがんばってみてくださいね。
そして神社では神様の前で、恥じることのない魂を向きあわせてお詣りができますように、心からお祈りしております。

 

平日はフリーライター、休日に巫女としてご奉仕。
神社・神道・生き方・心理学・自己分析・心について記事を執筆。
すべての人が前向きに、自分らしく生きるために大切なことを伝えている。
巫女ライターとしては、「書くこと」を通じて神様へのご奉仕を形にすべく、神道・神社・神様の心の本質を伝えることを使命とする。

◇facebook  https://www.facebook.com/profile.php?id=100023060416102 
◇twitter  @konnoumi 

◇Instagram https://www.instagram.com/konno_umi/ 

あなたへのおすすめ