皆様は、神社に出かけられた際、どのくらいの頻度でおみくじを引いておられるでしょうか?
中には、年に一度だけお正月の初詣に引くと決めていて、その内容で一年の運勢を占っているという方もいらっしゃるかもしれません。

 

もちろんこれもひとつの考え方ですが、私は日頃から神社に足を運んださまざまなタイミングで、「今の私に必要なお言葉をいただけますでしょうか?」と念じながらおみくじを引いています。

なぜなら、これは私たち人間にとっては大変ありがたい、神様と「言葉」を使ったコミュニケーションを取ることができる、画期的な手段でもあるからです。

 

——神社を愛するあまり巫女になり、神道の魅力を皆様にもお伝えしている巫女ライターが、おみくじで出会った神様からの素敵なメッセージを、皆様にもそっと共有したいと思います。

 

目次

  • おみくじに宿る「言霊」の魅力
  • おみくじ日記① 「今」を大切に
  • おみくじ日記② 人と比べて道を踏み誤らない
  • おみくじ日記③ 神様の御影を心に宿す
  • おみくじ日記④ 今日を楽しく正しく生きる
  • おみくじ日記⑤ 神様の存在を感じる
  • 今の自分に必要な「言葉」を求めて

 

おみくじに宿る「言霊」の魅力

 

 

おみくじは、ついつい「大吉か、凶か!?」といった吉凶の方にばかり目が行きがちですが、実はそこに書かれた言葉を丁寧に読んでゆくと、思いがけない気づきをいただけることがあるもの。

 

今回は【巫女ライターのおみくじ日記】と題しておりますが、私がこれまでにさまざまな神社で引いてきたおみくじの中から、心に残る言葉をいくつかご紹介してまいります。

 

一人でも多くの方におみくじの魅力を改めて感じていただき、あなたにとって大切なタイミングで「おみくじを引いて、神様からのアドバイスを受け取ってみようかな」と思い立っていただけるような瞬間があれば、とてもうれしく思います。

 

おみくじ日記① 「今」を大切に

 

 

 

人間は、他のどの動物よりも「考える」生き物です。

たとえば、将来のことを考えて不安になったり、遠い未来のことを心配して準備を重ねようとしたりする能力があります。

これはもちろん、「今が良ければ、先のことなどどうでもいいや!」といった無責任さを回避することにも繋がっていて、大切なことかもしれません。

しかし、先のことをあれこれと考えるあまりに「今この瞬間を大切に味わって生きる」ということから意識を離れさせてしまうのも、考えものだということなのではないでしょうか。

 

現代人はただでさえ心も体も忙しく、溢れんばかりの情報や「やるべきこと」にさらされながら、何かに追われるように過ごしていることが多いように思います。

だからといって、「今」自分の目の前にあるもの――目を逸らしてはならないこと、近くにいる人の気持ち、自身の感情や想いと向き合うこと――などを、決して蔑ろにしてはなりませんよ、ということなのかもしれません。

 

手元足元にある小さな事柄を大切にしながら、一日一日を丁寧に生きるということを、ハッと思い出させてくれるような気がします。

 

おみくじ日記② 人と比べて道を踏み誤らない

 

 

 

SNSなどのツールが急速に発達し、他人の個人的な情報が、ある意味では筒抜けになりつつある昨今です。
他人のペースや言葉に、自分の心がたやすく左右されてしまいがちなことも、きっと多いのではないでしょうか。

 

しかし、それらはともすると「自分のペースや自分の想い」から、かけ離れた場所に自らを連れて行って、心を迷わせてしまうことにもなりかねないことです。

私もよく、誰かと比較して「焦り」の気持ちを持て余してしまうことがありましたが、そんな時に引いたのが、このおみくじだったことを覚えています。

 

考えてみれば、人と比べて焦るあまりに「自分にとっての幸せ」を見失い、正しい道筋を外れてしまうことほど「遠回り」なことはありませんよね。

それぞれのペースを大切にし、お互いがそれを尊重し合える世の中になれたなら――。どれほど多くの人が、この世界を生きやすくなるだろうかと想像してやみません。

 

おみくじ日記③ 神様の御影を心に宿す

 

 

 

神社では、神様の宿る依り代(御神体)として「鏡」を見かけることがありませんか?
そう。目には見えない神様という存在は、私たちの心にとってはいつだって、「鏡」のようなものであるとも言えるわけです。

つまり、神社で神様の前に立って手を合わせて祈ることとは、今の自分の心をまるで鏡のように照らし出してくれるのですね。

曇っている鏡には、何も映って見えません。それと同じように、汚れて濁っている心には、神様の存在が映ることもないのです。

人が何か悪いことに手を染めてしまう時には、必ず己の心の鏡が汚れ、神様の心を映し出す隙もないほど曇ってしまっている状態なのだと思います。

 

だからこそ、私たちは繰り返し神様の前で手を合わせることで、その心をより透明に美しく磨いかなければならないのではないでしょうか。

この世で生きるのは大変なことも多く、誰しも油断すれば、たやすく心の鏡が曇ってしまうものです。

折に触れて神様の御影を映し出し、心を清めなくてはいけませんね。

 

おみくじ日記④ 今日を楽しく正しく生きる

 

 

 

真面目な人ほど陥りやすいのは、過ぎたことをいつまでも引きずってしまったり、過剰にこの先を不安に思って動けなくなってしまったり――という状態なのではないでしょうか。

 

過去にあった失敗については、たしかに振り返って「反省」することが重要で、そこから新しく正しい道への一歩が始まるものです。
でも、「ああすればよかった、こうすべきだったのに……」と「後悔」にばかり振り回されていたら、せっかくの一歩目を踏み出すこともできずに心を捉われてしまいます。

 

まだ見ぬ先のことも恐れすぎているばかりでは、新しい自分に出会うための一歩が、怖くて踏み出せなくなってしまいますよね。

 

ですから、このおみくじが教えてくれているように、今この瞬間の幸せを見つけて日々を楽しみながら、心明るく過ごしていくことが大切です。
明るく綺麗な場所に神様は宿るものですから、自分の心も常に明るく綺麗な場所になるように心がけることで、良い方向に変わっていく物事はたくさんあるのだと思いますよ。

 

おみくじ日記⑤ 神様の存在を感じる

 

 

 

昔の人はよく、悪いことをした子どもに対して「誰が見ていなくても、お天道様が見ているよ」と教えたと言います。

お天道様とは、もちろん「神様」のこと。
誰もが一度は「誰も見ていないからいいや!」と、ついつい悪いことをしてしまった経験があるのではないでしょうか。

しかし、そんな弱い心を諫める意味が込められているのと同時に、私はこの言葉の中に大きくて温かい励ましがあるように思えてなりません。

つまり――反対にいつだって正しいことを実践している人のことは、誰か「人」がそれを見ていなくても、ちゃんと神様があなたの一番近くでその姿と心の在り様を見ていてくださる、ということなのです。

 

仮に、この世で誰かに濡れ衣を着せられてしまったとしても、腐ることなく正しい心さえ失わずにいれば、必ず神様はその心の強さを認めて味方になってくれるから大丈夫ですよ、という意味でもあると思うのです。

 

日本には「徳を積む」という言葉がありますが、私たちは人に認められようと頑張るよりも、神様に認めていただけるように頑張る方が、正しい方向に進めるのではないでしょうか。
道を間違った時には戒めに、道が正しい時には励ましになる、不思議で愛のこもった言葉だと思いませんか?

 

今の自分に必要な「言葉」を求めて

 

 

おみくじの言葉をそのまま引用させていただき、私がその都度、心に響いた神様からのメッセージを5つご紹介させていただきました。

こんなにも深くて美しい言葉を、神社のおみくじですからたった数百円で授かれる……と思うと大変ありがたいことで、私は昔からその虜になっていたりします。

神社に足を運んだ毎度でなくとも、「今日は何か、お言葉を授かりたいな」と思ったら、まるで神様からお手紙をいただくような気持ちでワクワクしながらおみくじを引いています。

 

その瞬間に、あなたに必要な言葉が、そこに隠されているかもしれません。
もしくは、大切に保管しておいて後から読み返してみると、またそのタイミングで思い出すべきだった言葉に出会えることだってあるのです。
皆様もおみくじを引いてみて、そんな機会を授かってみてはいかがでしょうか?

 

今回共有させていただいたおみくじの内容も、世界のどこかでその言葉を必要としている方のもとへ届きますことを、心から願っております。

 

平日はフリーライター、休日に巫女としてご奉仕。
神社・神道・生き方・心理学・自己分析・心について記事を執筆。
すべての人が前向きに、自分らしく生きるために大切なことを伝えている。
巫女ライターとしては、「書くこと」を通じて神様へのご奉仕を形にすべく、神道・神社・神様の心の本質を伝えることを使命とする。

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